工場の耐震診断・補強にかかわる法律(2) 耐震改修促進法
前回のコラムでは、工場で採用されることが多い鉄骨造建物の典型的な地震被害と新耐震設計法についてご紹介しました。過去の地震被害をうけて、1981年新耐震設計法以降に設計された建物では急に耐力を失って倒壊するような危険性は低くなりました。一方で、それ以前の古い基準で設計された建物(既存不適格の建物)は依然として多く建っており、ここに大きな地震がやってくると甚大な被害が出てしまう恐れがあります。この問題を早期に解決するために、耐震改修促進法が施行されました。
そこで本日は、工場の耐震診断と補強対策を実施するうえで重要な指針となる耐震改修促進法についてご紹介します。
耐震改修促進法の概要
下の図は、国土交通省のホームページの耐震改修促進法に関するページのトップに出ている資料です。
耐震改修促進法(法律の概要)
出典:国土交通省「建築物の耐震改修の促進に関する法律の概要」
この図を順番に見ていくと、まず法律の施行日は平成7年12月25日です。平成7年(1995年)は阪神淡路大震災が起きた年であり、年内に何とか施行して適用することで、とにかく既存不適格(古い基準で設計された建物)の問題を早期に解決していこうという意図が感じ取れる法律といえます。
耐震改修促進法の施行日
出典:国土交通省「建築物の耐震改修の促進に関する法律の概要」
ただ実際には、阪神淡路大震災から半年で法律の枠組みをつくるというのは難しいですから、以前から温められてきた耐震診断に関する手法や考え方、学会レベルでいろいろと議論されていたものを、うまく法律に反映したと考えたほうが良いでしょう。もともとの温められてきた考え方などは、新耐震設計法と同じ時代に同じ思想で作られたものですので、現在の新耐震設計法の考え方や思想を現代風に少し手直しして出してきたというのが、耐震改修促進法の位置付けになります。
耐震改修促進法には何が定められているのか
耐震改修促進法では、補強方針だけではなく具体的な耐震診断、耐震改修の方法にまで言及しています。法律では指針だけになりますが、それに関連する告示が出ており、そこで耐震診断の方法にも言及していて「こういうふうに診断して、こういうふうに改修していく」というのが、ある程度具体的に述べられています。
耐震改修促進法の方針
出典:国土交通省「建築物の耐震改修の促進に関する法律の概要」
しかし、法律の主体的な対象は実は鉄筋コンクリート造であり、特に小学校やマンションなど、大多数の人が使う一般的な建物になります。つまり鉄骨造の工場などは、さまざまな形式、形状のものがあり、そういう難しい建物より、まずは大多数の人が使う一般的な建物を先に抑えていこうという考えがあったことは否めません。多くの人の命を守るという意味では、やはりマンション、学校の建物の対策を進めていくということが重要で、このため指針や告示も鉄筋コンクリート造を対象にしています。
工場建築に関わる記述
もちろん工場や特殊な建物についても、主体的な対象となってはいませんが、記載はあります。下の赤枠で囲んだ箇所が工場建築に関連する箇所となります。これらは耐震診断の義務付けや結果の公表という強い指導となりますので、対象は一定量以上の危険物を取り扱う貯蔵施設のようなものや緊急輸送道路に面している建物になります。
工場建築に関係する箇所
出典:国土交通省「建築物の耐震改修の促進に関する法律の概要」
耐震診断の義務付けは病院や学校などが中心になっていて、下の赤枠で囲んだ箇所の記述が工場に関係するところになります。ただ耐震診断結果の報告は、危険物貯蔵施設については2015年12月31日までとなっていますので、関わりがある方は既に済まされた話だと思います。
耐震診断義務付け対象建築物(要緊急安全確認大規模建築物)
出典:国土交通省「建築物の耐震改修の促進に関する法律の概要」
工場建築に関連する記述としてもう一つ考えられるのは緊急輸送道路に面した建物になります。地方に建っているような大規模工場が緊急輸送道路沿いに建っている例はあまりないと思いますし、敷地ギリギリに建っていることもあまりないかもしれません。しかし比較的、都心に近いところに建っているような精密機器の工場や半導体工場では、この条件に関わってくる可能性があります。緊急輸送道路に関しても、国の指導で強制的に耐震診断、耐震補強をしなさいということになっています。
旧耐震の建物で耐震診断結果がOKとなる事例は少ない
さて、耐震診断をした結果の一般的な傾向ですが、私たちが見聞きする中でも古い法律(旧耐震基準)で設計されている建物で「OK」になった事例は非常に少ないです。まれに余裕のある設計をしている建物の中に「OK」になるものがありますが、大抵は「NG」になると考えてよいでしょう。
法律の指示に従って診断し「NG」であれば、管轄の自治体でも「はい、分かりました」と受け流すことはできませんので、「では、どういう対策をお考えですか?」と返されるのが一般的です。新しい法律でも既に建設されている建物に関しては遡って適用しないという決まりになっていますので、「対策を行いません」と回答することは可能ですが、町全体から従業員を集めているような大きな影響力のある工場施設になると社会的責任がありますし、最近では安全配慮義務の観点からも現実的には「対策を行いません」という回答はできないと思います。
しかし、具体的な対策を実施するとなると一層困難な問題が発生します。まずは、その工場を設計した設計事務所や施工したゼネコンにお願いするというのが一般的に多いやり方だと思います。「うちの工場は○○建設にお願いしているので、そこの営業の方に相談して耐震診断をやってもらった。そして改修設計もお願いします」というケースです。その後、改修設計案が出てきてショックを受けるというパターンが非常に多いです。何がショックなのかというと、ものすごくお金がかかることです。それこそ信じられないぐらいのお金がかかる。これだったら新築したほうが良いのではないかという会話が出てくるぐらいの規模の見積りが来るということになります。たとえば20億円で建てた建物に対して10億円ぐらいの補強案が出てくるというような話ですね。そういうオーダーの見積りが出てきますので、一般的に「なんでそうなるの?」というような話になります。
まとめ
工場の耐震診断と補強対策を実施するうえで重要な指針となる耐震改修促進法についてご紹介しました。内容をまとめると以下のようになります。
● 1995年に施行された耐震改修促進法は、古い基準で設計された建物(既存不適格の建物)の問題を早期に解決していこうという意図が感じとれる法律である
● 基本方針だけではなく関連する告示が出ており、具体的な診断方法や改修方法についても言及している
● ただし、法律の主体的な対象は鉄筋コンクリート造で、小学校やマンションなど、大多数の人が使う一般的な建物に重点が置かれている
● 耐震診断結果の一般的な傾向として、旧耐震基準で設計された建物で「OK」となることは非常に少なく、「NG」の場合には対策が求められる
耐震改修促進法に則って工場の耐震診断を行い、いざ補強対策を実施しよう!としたところで対策費用の問題に直面し、対策を進められないでいるというケースが非常に多いです。なぜ、このようなことになるのでしょうか?
次回は、工場の耐震補強の問題点について解説します。
参考文献:
1) 国土交通省「建築物の耐震改修の促進に関する法律の概要」
構造計画研究所 企業防災チーム