事業継続計画の実効性を上げるため、自社のBCPのレベルを捉えることが今後の対処を考える一つの指針になるかもしれません。今回は地震災害にしぼったBCPの話題として、「レジリエンス性能」についてご紹介いたします。解説は、構造計画研究所の地震専門部署である防災ソリューション部 木村友香さんにお願いしました。
はじめに
レジリエンスという言葉をご存知でしょうか。レジリエンスとは、「強靭さ」とか「適応力」を意味します。 建築・防災分野では特に東日本大震災以降、建物の“レジリエンス性能”という考え方が着目されるようになってきました。
日々BCP(事業継続計画)の策定・運用に取り組まれている方もいらっしゃると思いますが、自社のBCPのレベルがどの程度かを測ろうとする動きがあるのをご存知でしょうか?昨今の建築学会で、議論が始まっています。まだまだ議論の途上ではありますが、BCPレベルを測る上で、レジリエンス性能の考え方は非常に重要なポイントとなっています。
今回は、建物のレジリエンス性能の考え方についてご紹介します。
防災から減災へ
まず、レジリエンス性能の話に入る前に、その考え方が広まってきた背景をお話したいと思います。
BCPを考える上で重要度の高い検討項目の1つが地震発生の想定です。施設に地震被害が生じてしまうと施設そのものの復旧にコストが発生するほか、事業停止による経済被害も多く発生し、最悪のケースでは人命被害を生じ、地震被害のインパクトは絶大です。事前に対策が講じられていなければ、発災後の初動対応に遅れが生じ、その後の復旧にも多大な時間を要する可能性があります。復旧時間(すなわち事業停止時間)を短縮するために事前に備えておくことが非常に重要です。
従来、「防災」の観点から施設の耐震性能を把握することのみが重要とされてきました。ところが近年では、どんなに想定していても想定外となるような地震が発生したり、あるいは想定できていたとしても被害が発生しないような耐震性とするには膨大なコストを要したりするため、災害を完全に防ぐことは難しいと考えられるようになりました。そのため、被害を極力抑えるという「減災」の考え方が重要視されるようになっています。
レジリエンス性能とは
「減災」の考え方が重要視されるようになると、建物に被害が生じることを前提とするため、復旧活動についても着目されるようになります。そうすると、いつ復旧するのかという「時間」の概念を考慮することが重要となり、被害の程度だけでなく復旧時間も考慮して地震時の被害様相を把握することが求められるようになりました。この考え方が「レジリエンス性能」です1)。
レジリエンス性能のイメージを図1に示します。横軸は時間、縦軸は建物の性能です。黒い点線は機能維持のために最低限必要な性能で、このラインを下回ると機能を維持できず事業が停止します。
図1 レジリエンス性能のイメージ
時間軸の左方は常時を示し、発災し被害が生じると性能が低下します。性能が低下した後は復旧活動に入り、性能が徐々に回復します。発災後の性能低下の程度と、復旧による性能回復の程度が、復旧時間に影響を与えると考えることができます。被災しても性能が極力低下しないようにすること、性能が低下したとしても復旧しやすいよう事前に備えておくことが復旧時間を短縮する要素と言えそうです。
それでは、これらに対する備えはどのようにすべきでしょうか。
レジリエンス性能の高め方
1.抵抗力を高める
被災しても性能が極力低下しないようにすることとは、地震に対する抵抗力を高めておくことと捉えることができます(図2参照)。抵抗力を高めることで復旧時間を短縮することができます。多少被害が発生したとしても事業継続に最低限必要な性能を保つことができれば、復旧時間をゼロに近づけることが可能です。 これは、どちらかというと「防災」の考え方に近いです。
抵抗力を高める施策の代表的なものとして、建物の耐震性能を高めておくことが挙げられます。例えば建築年の古い建物は、現行の基準を満足していない上に経年劣化が進んでいる可能性があります。このような建物には耐震診断・耐震補強を実施することが非常に重要です。
図2 抵抗力を高める
2.復旧力を高める
性能が低下したとしても復旧しやすいように備えておくことは、復旧時間の短縮に繋がります(図3参照)。抵抗力を高める施策が主にハード面での対策であるのに対し、復旧力を高める施策はソフト面での施策となります。復旧力を高めるには、発災後の初動対応の把握、スムーズな復旧準備が不可欠です。
初動対応については、BCPを策定し定期的に訓練を実施することが有効です。過去の被災経験をもとにしたアンケート調査の結果例えば2), 3) では、既にBCPを策定している企業であっても今後の災害対応としてBCP策定の見直しが重要との回答が多く、BCP策定の有効性が示唆されます。
復旧準備をスムーズにするためには、建物被害の有無やその箇所を特定することが有効です。建物被害は目視で確認できないことも多く、人が立ち入っても安全かどうかは専門家が確認するまで判断が難しい場合があります。その場合、事業再開の可否判断に時間を要することとなります。
昨今では建築業界において、建物にセンサを付けて振動を把握する構造ヘルスモニタリングの技術開発が盛んになされていますが、この技術を応用することで即時に建物の被害程度を把握することが可能となってきました。
その他にもソフト面での有効な対策は多くありますが、詳細は別の機会にご紹介したいと思います。
図3 復旧力を高める
3.次に備える
さらに、被災後の復旧性能目標を、被災前より高くするという考え方があります(図4)。一般に、恒久復旧と呼ばれる考え方です。
例えば、被害の生じた建物に対し最初に行われるべき判断として、建物を修復して継続使用するのか、それとも取り壊し建て替えとするのかが挙げられます。これは被害の程度とコスト・工期、今後の使われ方の兼ね合いから判断がなされるものですが、特に今後の使用期間が長い建物に対しては、より高い性能へ修復するという決断がなされるケースがあります。保有性能の高い建物は抵抗力が低くとも、次に被災した際に最低限必要な性能を確保できる可能性が高くなります。これは、建物の使われ方や重要度に応じて余裕度をどのように設定するかという性能設計の考え方と似たところがあります。
図4 次に備える
まとめ
今回は、近年着目されつつある建物のレジリエンス性能の考え方について簡単にご紹介しました。レジリエンス性能の考え方をまとめると、下記のようになります。
● 抵抗力を高めることで被害を最小限に抑制する
● 復旧力を高めることで被害が生じたとしても復旧時間を短縮する
● 今回被害が生じてしまったとしても、次は被害が生じないような復旧方法を選択する
次回は、レジリエンス性能がどれくらいなのか、その測り方についてお話します。
参考文献
1) 一般社団法人日本建築学会 建物のレジリエンスとBCPレベル指標検討特別調査委員会:報告書 事業継続計画策定のための地震災害等に対する建物維持‧回復性能評価指標の提案に向けて, 2020年3月
2) 内閣府防災担当:平成29年度企業の事業継続及び防災の取り組みに関する実態調査, 平成30年3月
3) リスク対策.com:大阪府北部地震による事業継続への影響に関するアンケート調査, 2018年7月
2021年7月 構造計画研究所企業防災チーム