【BCP実践講座①】 首都直下地震対策
今回のテーマは「首都直下地震」です。筆者も正直申し上げて「一都民」としてあまり想像したくない災害ですが、着実にその足音は近づいてきています。南海トラフ巨大地震と並んで国難級の災害といわれるこの地震について、全てを概観することは難しいですが、筆者が特に課題と感じている点を中心に、防災・BCPの対策の質をより高めるという視点で考えていきたいと思います。
<課題1>各企業の本社における対策
まず首都圏に本社がある企業各社について、本社という自社最大の拠点(特に従業員数において最大の拠点)の対策の実効性についてですが、条例制定の効果もあり、各社防災備蓄についてはかなり対策が進んでまいりました。
その一方で、特に数百人から数千人規模の従業員を抱える場合には、備蓄以外の対策や発災後の対応手順について、実効性の点(本当に災害時に対応できるかという点)で各社間に差があるように感じています。
首都圏のオフィスビルの多くは、遮蔽性が高く空調は完備されており、普段は快適な執務環境が保たれていますが、もし電力を喪失したらどのような状況になるでしょうか。空調を発災時にも通常通り稼働できるレベルの自家発設備を備えているケースはまれで、多くのオフィスビルでは、最低限の照明やエレベーター稼働に電力を奪われ、空調にまで十分にまわせないのが現状です。真夏に発災した場合、あるいは厳冬期に発災した場合に、本社に帰宅抑制の要請に応じた多くの従業員が籠城できるのか・・・。
この他にも、備蓄食料の配布方法、社屋内の就寝・休息場所の割り当てなどなど、全ての対策についてリアリティを追求しつつ検証しておく必要があります。
<課題2>大規模商業施設における対策
また首都圏には土日のみならず平日も、近隣地域からデパートやショッピングモール等の大規模商業施設に買い物客が来遊します。これらの人々は首都直下地震発生時には文字通り「帰宅困難者」となり、一時滞在施設等に収容されることとなるでしょう。
大規模商業施設は同時にこの「一時滞在施設」となっているケースも多くありますが、ここにおける潜在的な課題は、大規模商業施設の施設管理者側(多くの場合、平時は少人数で施設を管理している)が、多くの帰宅困難者に対して有効な統制をきかせることができるかという問題です。
実はこれは大規模マンションにおける「防災センター」や「マンション管理会社」と居住者との関係にもあてはまると思われますが、そもそも人数の多寡から非常に難しい対応を迫られるのではないかということです。しかも「企業」と「従業員」のような関係性ではなく、たまたま今日この施設を訪れたという関係ですので、施設側の意向をどの程度尊重する意思があるか否かも考慮した対応が求められる場面であると言えます。
<課題3>大学等の教育機関における対策
同様に例えば大学のキャンパス内においても、類似の状況が発生するリスクがあるのではとの懸念があります。コロナ禍が終息に向かい対面授業が再開して多くの学生がキャンパス内に居るときに、突然首都直下地震が発生。大学も一時滞在施設や避難場所になっているケースもあり、それらの指定がなくても首都圏内では貴重な「広い開けた場所」であるので、災害時に自然と人が集まってくるでしょう。
このときにキャンパス内全体で統制ある対応を実現するためには、単に机上の計画だけでは不十分で、群集心理や普段の学生に対する教育・訓練の質なども影響することを予め想定して、統制する側に一定の要員を配する必要がどうしても生じてしまうと思うのです。
これらの課題は「首都直下地震」を巡る潜在的な課題のごく一部ですが、やはり防災・BCPの基本に立ち返って「本当にこの災害が起きるのだ」と思って準備をしていくことが非常に重要です。被害のシナリオを精査してリアリティを追求し、シナリオのうち「最悪のシナリオ」を採用・想定し、その事態に対して自社の財務体力を考慮しつつ投資判断・経営判断をしていくことがリスク管理であり、防災・BCPの活動です。首都直下地震対策においても実戦の場面をリアルに想定して、対策の実効性を高めていくことが非常に重要なのだと思います。
森総合研究所代表・首席コンサルタント 森 健