劇的かつ高速で変化するグローバル社会。平時と有事がシームレスになりつつ現在、各企業は「事業継続」というレベルを超え、自社の存続をかけて戦略的判断を迫られる場面が増えています。
その一方で、現実のBCP(事業継続計画)は、防災計画の域を出なかったり、事業に関するリスク分析が甘かったり、総務部やリスク管理室の独り相撲となっていて、事業部門を含む全社が主体的に取り組んでおらず、「戦術レベル」の課題の中を行きつ戻りつしている状態も見られます。
今般のコロナ禍の3年間にわたる貴重な実戦経験を、どのように自社の「経営=リスクマネジメント」の将来に反映するかが今求められています。そのキィワードは「戦略」であると思うのです。
BCP対象リスクの問題
世界で安全保障環境を激変させる有事が起きた場合や、巨大地震や自然災害が起きた場合、事業への影響・被害が生じ、これに対して被害局限措置(ダメージ・コントロール)を実施する基礎となるのがBCPです。
結果事象重視のBCPであっても、リスク別にBCPを策定しても、その本質に差異はありませんが、後者の視点に立った場合、BCP対象リスクの範囲をどう整理するかという点で、現在大きな岐路にたっているように感じています。
地震、風水害、パンデミック以外にも、海外の有事、武力攻撃事態、サイバー攻撃、エネルギー環境の激変など、実はBCPの対象となりうるリスクはまだまだあるのです。しかし、これらを全てBCP対象リスクとして採用し、たちまち文書化することを推奨はいたしません。推奨はしませんが、事業継続というより自社の存続という視点で考えると、BCPの実効性を下げることのないよう注意しつつ、徐々に守備範囲は拡大してもいいとは考えています。
増築型リスク管理体制の限界
各企業は様々な課題に対して「増築型」で委員会組織を構築し、対処してきました。大きな災害が起きるとBCM委員会、サイバー攻撃や個人情報の漏洩問題に対しては情報セキュリティ委員会、不祥事対策としてはコンプライアンス委員会といったように。これらに加え、上場企業ではサステナビリティへの対応が喫緊の課題に加わっています。
国際競争力が低下傾向にある我が国の現状を踏まえると、本当に今までの方法論を継続することが「戦略的な正解」なのかを、冷静かつ謙虚に再点検することが重要です。サステナビリティへの対応という時代の要請は「影響が大きな波」なので、従前どおりの「増築型」で取り組んだ場合、その限界点を超えて、結果として「至る処を守れば即ち弱し」となってしまうリスクがないかについて注意する必要があります。
ガバナンスのあり方が問われている
さらに上場企業においては「コーポレートガバナンス・コードへの対応」について正面からこれに取り組むと同時に、これまでのリスク管理体制について再構築に入る必要があるのではないでしょうか。
冷静に俯瞰で考えていくと、サステナビリティへの対応は経営課題の一部(リスクの一つ)に過ぎないのですから、重視しつつもこれに過度にとらわれずに、自社の経営戦略の中に上手に包含していくことが求められていると思うのです。
その過程でリスク管理体制再構築の視点を維持し、増えすぎた各種委員会と経営会議・取締役会の「あるべき役割分担」の議論を丁寧に進め、全てのステークホルダーへの説明責任を果たす(最終的には積極的にリスク情報を開示する)方向に舵をきっていく必要があります。
「BCPの再起動」を契機に「推進体制」の再構築を
しかし、現在進行形の「増築型」推進体制をモデルチェンジすることは、現実には非常な困難を伴いますし、実務上の混乱を生じると思います。当然社内に「抵抗勢力」も一定程度発生するでしょう。
組織改革は大局的な視点を持ち、小さく着手し、次第に突破口を拡大していく方法が非常に有効です。
自社組織全体が参画する取組みである「BCP」について、休眠状態に陥りがちであったものをこの機に再起動し、BCPの実効性向上を組織全体のテーマとして採用し、まずは平時と有事両面の備えを再点検するところから始めましょう。
BCP再起動後の過程で、今回新たに取り組むべきは、リスクごとに細分化された推進体制(委員会組織)について、第一歩として「司令塔となる委員会」を明確にすることが大切です。多くの企業では「リスクマネジメント委員会」や「サステナビリティ委員会」がこれに相当しますが、そもそもこの両委員会の関係性も整理しておき、最終的な責任の所在を明確にし、戦略性を高めていくことが重要です。
日本企業は「全社戦略が不在だ」とよく指摘されることがあります。これに対する処方箋の第一歩としても、推進体制自体に戦略性を持たせることが極めて重要です。
自社の現在位置を強く意識する
冒頭にも申し上げたとおり、劇的に変化するグローバル社会に立ち向かうことが各企業には求められています。そのためには「機能するBCP」が必要で、これを戦略的に構築し、戦略的なリスク管理体制により支えていくことが重要です。
コロナ禍の出口にさしかかりつつも、H5N1型鳥インフルエンザの人への罹患(さらにはヒト-ヒト型への変異)も油断できない。ミサイル攻撃の際の避難行動だけではなく、戦時下における企業の事業継続も水面下で検討する必要もある。このような現在位置を、自社の経営戦略と結び付ける取組みこそ、BCPの実効性確保であり、機能するBCPの実現なのです。
以上
森総合研究所 代表・首席コンサルタント 森 健