工場の耐震診断・補強にかかわる法律(1) 地震被害と新耐震設計法
企業の経営者、BCP担当者、また設備管理の担当者は、「地震が来たら、工場施設はどの程度被害を受けるのか?」と心配されています。また「耐震補強をしたら被害は受けないのか?」「地盤の影響はないのか?」「複数回の地震を受けたらどうなるのか?」など、質問の種類も多くなってきています。
そこで本日から14回にわたって「工場施設の地震対策基礎講座」をお届けします。上記のような質問に応えるために必要な基礎知識となっています。BCPに携わっておられる皆さまの参考になれば幸いです。
第1回の本コラムではまず、工場の地震対策を検討する際に知っておくべき法律についてお話したいと思います。
工場の典型的な地震被害と新耐震設計法
まず、法律が施行されるきっかけとなった地震被害をご紹介します。どのように建物が壊れていくのかイメージしていただけると思います。そしてその地震被害をふまえて施行された新耐震設計法の考え方についてご紹介したいと思います。
典型的な地震被害① 接合部破断
代表的な壊れ方の一つは、接合部破断です。
古い鉄骨構造建物の典型的な地震被害=接合部破断
出典:日本建築学会・地盤工学会・土木学会・日本機械学会・日本地震学会「阪神・淡路大震災調査報告、建築編―3(鉄骨造建築物)」1997年.
1981年に新耐震設計法が施行され、上の写真に出ているような壊れ方は基本的には起こらないような工夫がなされました。しかし昨今の地震発生の際には、相変わらず同じ問題が起きています。この写真は、1995年の阪神淡路大震災の際に日本建築学会を中心に複数の学会で調査した時のものです。本来は新耐震設計法で解決されているはずの問題ですが、日本の法律の体系では、新しい法律を施行しても、その時にすでに建設されている建物に関しては遡って適用しないという決まりになっています。つまり古い基準で設計された建物(既存不適格の建物)は依然として建っており、ここに大きな地震がやってくるとこのような被害が出てしまいます。
地震時に建物に想定以上の力が入った時、普通は弱いところから順番に壊れていきますが、古い鉄骨構造の建物の弱いところが接合部となります。この接合部破断が発生すると、建物は急激に耐力を失ってしまい、それによってどんどん壊れていきます。つまり耐力を失ってドンと倒れる危険な壊れ方をするのが1981年以前の建物に起きる典型的な問題であり、このような壊れ方を避けたいというのが現在の設計の考え方です。
典型的な地震被害② ブレースの座屈
もう一つの典型的な壊れ方としてブレースの座屈(ざくつ)があります。これは引っ張る力(引張力)ではなく、圧縮する力(圧縮力)によって起ります。ブレースは地震力をかなり負担しますので、引っ張ったり圧縮したりして大きな力を受けます。引張に関しては「接合部破断が危険だ」「止めているところが案外脆い」ということでバチンッと切れてしまいますが、圧縮の方は力が加わって横に逃げる形で壊れます。下の写真のように面外に孕むような形で、急に耐力が失われます。現在では座屈を防止する工夫がなされた部材が開発されていますし、新耐震設計法で設計された建物では座屈による破壊は起きません。しかし国内の大規模工場の多くが未だに旧耐震つまり新耐震設計法の施行される以前の建物ですから、ブレースの座屈も対処しなければならない問題の一つです。
古い鉄骨構造建物の典型的な地震被害=ブレース座屈
出典:日本建築学会・地盤工学会・土木学会・日本機械学会・日本地震学会「阪神・淡路大震災調査報告、建築編―3(鉄骨造建築物)」1997年.
典型的な地震被害③ アンカーボルトの破断
基礎アンカーにも多くの問題があります。これまでの建設業全般の問題ですが、見えにくい箇所、主体構造ではない箇所だが建物にとって重要な箇所に対して、しっかりとした設計・施工がなされていないケースがあります。このような問題が残っている建物に関しては、下の写真のように基礎の破壊が発生します。定着長が不足しているため抜け出しによって転倒する、ボルトの耐力不足で破断する、あるいはベースプレート自体が面外降伏して横にずれていくような破壊形式が多数見られます。この基礎の問題も対処しなければならない問題の一つになっています。
古い鉄骨構造建物の典型的な地震被害=アンカーボルトの破断
出典:日本建築学会・地盤工学会・土木学会・日本機械学会・日本地震学会「阪神・淡路大震災調査報告、建築編―3(鉄骨造建築物)」1997年.
まとめ
「工場施設の地震対策基礎講座」第1回の本コラムでは、古い鉄骨工場の地震被害と新耐震設計法の考え方についてご紹介しました。内容をまとめると以下のようになります。
● 古い鉄骨工場の典型的な地震被害には、接合部の破壊やブレースの座屈、基礎アンカーボルトの破断などがある。これは建物が急激に耐力を失って倒壊に至る危険な壊れ方である
● 1981年に新耐震設計法が施行され、こうした危険な壊れ方が起こらないような工夫がなされた
● 一方で、古い基準で設計された建物(既存不適格の建物)は依然として多く建っていて、ここに大きな地震がやってくると甚大な被害が出てしまう恐れがある
次回は、工場の耐震診断と補強対策を実施するうえで重要な指針となる耐震改修促進法についてご紹介します。
参考文献
1) 日本建築学会・地盤工学会・土木学会・日本機械学会・日本地震学会「阪神・淡路大震災調査報告、建築編―3(鉄骨造建築物)」1997年.
構造計画研究所 企業防災チーム